2020.6.4放送分「アフターコロナの今でこそ人と人との距離感を大切に/世界をリードする日本」etc…

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気持ちのいい暑さ

ひろみ/ミキオポスト OnRadio、お届けしております。
先ほどの松山千春さんの大空と大地の中でを聞きながら、なんとスタジオにはグレートなゲストの方をお迎えしております。
びっくりしました。
きょうは、スタジオにお迎えしているのはスペシャルゲスト、日本維新の会参議院議員、鈴木宗男先生です。
鈴木先生、よろしくお願いします。

鈴木/よろしくどうぞ。

ひろみ/ラジオで生放送なんですけども、もう打ち合わせもなく***ということで。
どちらのほうから今回は沖縄にいらしているんですか。
東京のほうですか?

鈴木/東京から来ました。

ひろみ/沖縄は32度の灼熱なんですけど、いかがですか。

鈴木/この暑さというのは、私にとっては非常に気持ちのいい暑さですね。

ひろみ/そうなんですか。
へえー。

鈴木/ちょっと日陰に入ると涼しいし、さわやかですね、湿度がなくて。

ひろみ/東京はもっと暑かったかもしれませんね、むしむし。

鈴木/ですから東京のほうがむしむしして暑く感じますね。

ひろみ/そうですか。

鈴木/そういった意味では、私は沖縄の夏は苦にならないですね。

ひろみ/よかったです。
一応梅雨どきなんですけれども、ここ数字はずっとこういういいお天気続いておりますので、きょうこのあと9時まで、いろいろお話伺いたいと思います。
ラジオをお聞きの皆さん、絶対わかると思いますが、改めて。
鈴木宗男先生のプロフィールをちょっとご紹介しますと、1983年、衆議院議員に初当選、当選8回。
そして、北海道開発庁長官第66代をつとめ、そして沖縄開発庁長官第35代つとめています。
内閣官房副長官を歴任され、地域政党新党大地を立ち上げ、代表をつとめているという感じで。
みんなが知っている鈴木宗男先生ですが、沖縄とはご縁があるんですか?

鈴木/沖縄の特産品は、サトウキビでした。
サトウキビの値段は政府補償価格だったんですよ。
そこで、私の師匠の中川一郎先生が農林省に影響力を持っていましたから、その価格決定にはいつも関与していましたね。
そういった意味では、沖縄とは北海道、関わり合いがあるんですよ。
サトウキビの値段と、北海道でとれるサトウダイコン、いわゆるビート、これが同じく政府補償価格なんです。

ひろみ/そうなんですか。

鈴木/それと、やっぱり私にとりましては、さきの大戦で沖縄の皆さん方は軍人、軍属、民間人を含めて、約16万人の方が犠牲になっています。
その次に犠牲が多いのは北海道人なんです。
約1万2000人です。
ですから、慰霊碑でも北海道の慰霊の塔だけは、よその都府県よりも広く大きなものをつくられている。
これは沖縄の皆さん方の配慮なんですが、それは我々の先人の犠牲の上でのたまものなんですね。
ですから、そういった意味では、沖縄の皆さんは北海道に非常なシンパシーを持ってくれてますし、また、我々も先の大戦での、沖縄の筆舌に尽くしがたい大変なご苦労、しかも戦後また27年間も沖縄はアメリカの主権下にあったということを考えたときに、私はやっぱり今も沖縄人に対する、政治家としての想いは誰よりも強いもんだという自負はしております。

ひろみ/そうなんですか。
ちょうど6月の23日、慰霊の日もやってきますが、北海道からも多くの家族、親戚の方々などがお見えになるわけですね、沖縄に。

鈴木/そうなんですね、はい。

ひろみ/そういう沖縄とのいろんなご縁もあって、そしてこの番組がミキオポスト OnRadioというタイトルで、下地ミキオさんがメインパーソナリティをつとめますが、本日は今向かっている最中かなと思うんですけども。
鈴木宗男先生と、下地ミキオさんとの関係というのはまたどういう?

鈴木/下地ミキオ先生が、橋本龍太郎先生の沖縄での後援会の事務局をやっていましたね。
私は小渕派、いわゆる橋本先生も属していた政策グループにいたものですから、そこで、下地さんと知り合いましてね。
ですから、そうですね。
平成6年からの下地さんとの付き合いになります。

ひろみ/もう長いんですね。

鈴木/だから24年、いやもう24年じゃなくて26年になりますか。
26年の付き合いになります。

ひろみ/そうなんですか。
じゃあ、何かあると声をかけあったりとか。

鈴木/そうです。
そして、また下地さんが平成8年、私のところに来て、先生選挙に出たいんですがとこう言ってきたんですよ。

ひろみ/突然に?

鈴木/突然。
私びっくりしましてね。
しかし、もともとやる気のある男だし、やっぱり沖縄をよくしたい、沖縄に生まれ育ってよかったという、こういうふるさとにしたいという大変な情熱を持っていましたから、私もよし、二つ返事でやってみれと言ったのは、それが平成7年の出来事なんです。
そして翌年の平成8年、初めての小選挙区制度での選挙で下地さんが出てきたということなんです。

ひろみ/そうですか。
でも政治家人生始まる前からのお付き合いで?

鈴木/そうです。

ひろみ/ずっと、じゃあ師として、先輩として仰いでいらっしゃるんでしょうね。

鈴木/きょうだい同様に来ました。

ひろみ/そうなんですか。
そういうご縁もあり、沖縄に来ていただいたりとか、そういうのが続いていらっしゃるということで、今週は本当にグレートな、スペシャルゲストをラジオにお招きいたしまして、お話をこの後も伺っていきたいと思います。
では、1曲ここでお届けいたしましょう。
Little Glee Monsterで「明日へ」

♪ Little Glee Monster/明日へ ♪

アフターコロナの今でこそ人と人との距離感を大切に

ひろみ/Little Glee Monsterで「明日へ」をお届けしています。
ミキオポスト OnRadio、きょうはスタジオにスペシャルゲスト、日本維新の会参議院議員、鈴木宗男先生をお迎えしています。
鈴木先生、よろしくお願いいたします。

鈴木/はい、よろしく。

ひろみ/いらしたときマスクをされておりましてね。
今スタジオの中では、シールドというのは私も初めての体験ですが、顔にマスク、大きなものをした状態なんですが、どうですかこれ、体験は初めてですか?

鈴木/いや、よく知っています。

ひろみ/やはりもう県外のほうでは?

鈴木/何か会合があるときは、飛沫を防ぐという意味でしていますね。

ひろみ/今回のコロナウイルスの影響下もありまして、北海道のほうも大変だったんじゃないですか。

鈴木/はい。
おかげさまで、ここ1週間ぐらい北海道も落ち着いてきましたね。

ひろみ/そうなんですか。

鈴木/2月、雪まつりがあったものですから。
雪まつりやって外国のお客さん、中国の人がたくさん来られましたね。
そこで北海道が、札幌を中心にクラスターも発生したり、大きな感染者が出たんですが、北海道知事はすぐ、いわゆる非常事態宣言を発令して、封じ込めに入りました。
これはうまくいったんですけども、3月の月末の三連休の前に、この非常事態宣言を解除したら、これまた人が、出入りが出てきて、特に本州から北海道に来た人が新型コロナウイルスを運んだりして、またふえてきました。
しかし、6月に入ってからは今ぐっと3人、4人のレベルですから。

ひろみ/落ち着いてきたんですね。

鈴木/大体落ち着いてきたと。
あと、大体その感染元が特定できたので、そういった意味では北海道は別にあんまり、心配しなくていいのではと。

ひろみ/なるほどね、この経路が不明というのが一番怖いんですけども、わかるっていう、もうちゃんとどういう動きをされてここにあるのかよくわかるっていうことですね。

鈴木/そうなんですね。
だから私はよく、風俗というか夜のクラブだとかキャバレーでの感染が多い。
例えば東京なんかは3分の1がそっちの感染源だと言えますから、店の名前なんか出してもいいと思います。

ひろみ/そうなんですか。

鈴木/店の名前を出して、そこへ行った人はみんな検査を受けてくださいとか。

ひろみ/なるほどね。

鈴木/2次、3次の感染を止めるのはそこしかない。
それから、店の信用にかかわるとか、店が潰れてしまうだとか、またそういう一方の論議もあって、ただこれ命に関わることですから、私はこれ優先すべきと思います。

ひろみ/本当にね。

鈴木/例えば、阪神タイガースの藤浪投手が感染した、知事の家で食事をしたと。
そのあと、どこかにクラブにいったという話もあるので、それならもうそのクラブで明らかにしないと、そこに行っていた人はみんな感染するわけですから。

ひろみ/どこだろうってみんなで探すわけですもんね、結局。

鈴木/ですから、ここは正直ベースで、命にかかわる話なんです。
変なプライバシーだとか人権の問題じゃないんですね。
あれは、お店の利害よりも、私はおおやけにして、とにかく感染をブロックする。
これが一番だと思います。

ひろみ/今、日本的にも落ち着きは見せて、部分、部分でクラスターがとか言っているところもありますけども、これから先はどうですかね。
やはりもうこのペースで押さえていけば。

鈴木/ですから、政府の言うとおりですよ、3密。
やっぱりこれをしない、これが大事だと思うんです。
やっぱり人と人との距離感、空間。

ひろみ/ソーシャルディスタンス。

鈴木/あるいは、夜の密閉した場所に行かないだとか、これを徹底すれば、これを封じ込めると思うんですけどね。
どうもやっぱり、東京なんかでも、歌舞伎町だとか特定の地域での感染者が多い。
3分の1が大体その夜にやるクラブ、キャバレーだといいますからね。
ここは、私はそのクラブ、キャバレーでも名前出したほうが、それに行った人の命を守る上でも大事だと僕は思っています。

ひろみ/やはり、こういうのがいきなりやってきたので、みんなが準備をしていないうちにコロナウイルスというのが広がってきて、どうやっていいんだろうと。
各市町村が自分たちのやり方を頑張っていらっしゃるっていう感じがしますよね。

鈴木/ただ日本人が、よき文化、伝統。
手洗いだとかうがいというのは、徹底すればすぐ、日本の場合はそれで行動を起こしますからね。
その点はやっぱり、日本の強みというのがあると思うんですね。

ひろみ/そうですね、もともと清潔好きな民族ですもんね。

鈴木/はい。
ですからそういった意味では、その3密をきちっと守れば、私はそういうことは心配することはないと思いますね。

ひろみ/鈴木先生も今おしゃべりをしたから、マイクからも私からもちょっとソーシャルディスタンスになってきましたけど。
でもスタジオの中も、きょうはドアあけっぱなしでお話を伺っておりまして、入ってすぐ右手のほうにはアルコール消毒をしなさいと置かれてるんですけど、これが泡盛の匂いしてるんですよ。
泡盛なんだそうです、きょう。

鈴木/アルコールですから、それはもう当然ですよね。

ひろみ/らしいですね。

鈴木/ですから、アルコール度数が高ければいいわけですから。

ひろみ/いやあ本当に、6月になって少しずつ、沖縄も皆さんに経済活動が戻ってきて、頑張っているなという感じはしてますね。

鈴木/やっぱり沖縄と言えば、すぐ観光を思いつきますね。

ひろみ/北海道、沖縄はそうですよね。

鈴木/ただ私、沖縄の皆さん方はやっぱりたいしたもんだと想ったのがね、本当は沖縄に来てくださいと声かけたいけども、沖縄に来ないでください。

ひろみ/はい。

鈴木/これを勇気を持って言ったというのが、私はあらためて、この沖縄人の心というか、優しさに敬服しましたね。

ひろみ/もうゴールデンウィークの前にね、たくさん来るんじゃないかと。
県民のみんなで、沖縄のほうに来ていただきたいけども、今来てもおもてなしできませんので、また落ち着いたら来てくださいという、そういうふうに声を上げましたからね。

鈴木/これは件名でしたね。
また、ゴールデンウィークも予約しただけでも50万とか60万あったんですよね。

ひろみ/かなりの数字が出たので、ちょっとびっくりしましたけど。

鈴木/びっくりしましたけども、それがきちっと、静かに行われたというのはよかったと思いますね。

ひろみ/この姿勢をずっと崩さずに、年内はね、ちゃんと頑張っていけばコロナウイルスも終息に向かうんじゃないかと期待を込めて。

鈴木/そうですね。
ある程度時間がたてば、ワクチンも、薬もできると思いますので。

ひろみ/早急につくっていらっしゃるんですよね。

鈴木/ここはやっぱり今、我慢、辛抱しながら、最近一部経済活動していますから、その活動も3密を防げばやっていける、この経済活動ですから。
ここはしっかり、規則正しくやっていけばいいんじゃないかなと、こう思いますね。

ひろみ/今週はスタジオにスペシャルゲストとして、鈴木宗男先生をお迎えしております。
ここで1曲お届けいたしましょう。
タイロンで「元気がモリモリ」

♪ タイロン/元気がモリモリ ♪

県議会選挙

ひろみ/元気が出てきますね。
タイロンが歌う「元気がモリモリ」をお聞きいただいております。
やっぱり音楽、どうですか鈴木先生もお好きですか、歌とかは。

鈴木/私はもう、歌は好きです。

ひろみ/そうなんですね。

鈴木/本当に松山千春さんの歌だけは、もういつも聞いていますね。

ひろみ/そうなんですね。

鈴木/ですから、今、このスタジオに入る前に、「大空と大地の中で」が流れましたけども、あの「大空と大地の中で」のフレーズに、生きることがつらいとか、苦しいだとかいう前に、野に育つ花ならば、力の限り生きてやれ。
このフレーズ、私好きなんですよ。

ひろみ/はあー。

鈴木/ですから私も、天国と地獄を経験した男ですからね。
たまたま東京拘置所に437日、私は拘留されていましたけどね、この間6回この歌が流れたんですよ。

ひろみ/うーん。

鈴木/ラジオが聴けますからね。

ひろみ/えー。

鈴木/この歌で随分勇気もらってですね。

ひろみ/そうなんですか。

鈴木/はい。
生きることがつらいとか、苦しいだとかいう前に、野に育つ花ならば、力の限り生きてやれとね。

ひろみ/いい歌ですね。

鈴木/負けてたまるかと思ってね。
頑張ったもんです。

ひろみ/はい。
いや、松山千春さん、本当に北海道の大スターでいらっしゃいます。
さて、今回なんですけれども、沖縄にいらっしゃった。
これはなぜか、また理由があるんですか?

鈴木/今、沖縄県は県議会選挙をやっていますから、もともと私、下地ミキオさんのご縁なんかもあって、県議会議員もよく知っている人もいるし。

ひろみ/はい。

鈴木/その仲間的な県会議員がいるもんですからね、よし!と。
少しでも励ましに行こうということで、きょうやってきました。

ひろみ/あっ、そうなんですか。
じゃあ、もう応援で。

鈴木/そうです。

ひろみ/駆けつけてくれたっていう感じですかね。

鈴木/うん、まさに今、元気モリモリと言われてですね、まさに私も、その気持ちで応援せんといかんなと思いましたね。

ひろみ/ほんとに、このコロナウイルスが影響下もありましてね、皆さん表で、密で講演とかできないじゃないですか。

鈴木/はいはい。

ひろみ/ですからやっぱり、それぞれ頑張っていらっしゃるんですね。

鈴木/そうですね。
街頭演説なんかで距離感を持ちながら、今もやってきたんですけどね。

ひろみ/へー。
反応はどうでしたか?
鈴木宗男先生がいるなんて。

鈴木/おかげさまで、ちょびっとは、ちょっとありますからですね。

ひろみ/いや、かなりありますよね。

鈴木/その点はよかったですね。

ひろみ/でも、皆さんびっくりしますよね。
まさか沖縄に来ているんだ!という感じでね。

鈴木/うん、どうしたんですか、なんて言われますけどね。
いやいや、今回は選挙はいいですと、こう言ってます、はい。

ひろみ/いやでも、ほんとにね、今度6月7日投票となっておりますので、皆さんの1票が大切ですから、ぜひ投票に行かれてくださいね。

鈴木/そうですね。
これ、とにかく今、投票率が低いのが気になりますけどね。
これは民主的な手続きにおける、まさに政治主権在民なんですから、それぞれの方の声が届く政治が大事ですからね。

ひろみ/はい。

鈴木/ぜひともここは、投票に行ってほしいなと思いますね。

ひろみ/本当にそうですね。
やっぱり、みんなが盛り上げて、政治を動かしていく。

鈴木/そうですね。

ひろみ/政治家の皆さんって、やはり応援があるとうれしいですよね?

鈴木/そうですね。
それでやっぱりね、その地域をよくする、社会をよくするには政治なんです。

ひろみ/はい。

鈴木/いい政治家を選んでほしいですね。
選挙のときだけ、耳障りのいいことを言う人は困ります。
そういう人が多いんですよね。

ひろみ/はい。

鈴木/そういうのは、政治家じゃなくてお世辞家っていうんです。

ひろみ/お世辞家。

鈴木/お世辞家はいりません。
やっぱり、真のステーツマンね。

ひろみ/はい。

鈴木/真の政治家、信念のあるですね、やっぱり地道な努力をしている人を、私は選んでいただきたいなと思いますね。

ひろみ/うん、本当にそう思います。
やっぱり皆さん、普段、いろんなことを思っていても、ここで投票行かないとだめですもんね。

鈴木/そうなんですよね。

ひろみ/全てここで決まるわけですから。

鈴木/そうなんですね。
だから、今の「元気がモリモリ」という歌を聴きながらもね、やっぱり元気が出る、モリモリさせる、これが大事なの。

ひろみ/はい。

鈴木/その大事さは、やっぱり政治家を選ぶことにあるんですね。
だから、しっかりした、やっぱりやる気のある政治家を選ぶということが、私はお願いしたいですね。

ひろみ/今、ラジオを聞いている皆さんもね、そうか6月7日だったななんて、思い出した方、ぜひ期日前投票もできるんですよ。
沖縄のために頑張っていただいていること、たくさんあると思うんですけど、鈴木先生が沖縄のために頑張っていただく、大事なことというのがあるかと思うんですけども。
あれですかね、いろいろと沖縄に向けて今までもね。

鈴木/私は、やっぱり日本の面積の0.6%の沖縄に、駐留米軍がやっぱり74%いること自体が異常です。
やっぱりこれは解消しなければいけません。
同時に、世界の国際情勢がありますけども、やっぱりこれも政治の判断ですから。

ひろみ/はい。

鈴木/私はもっと平和という意味からも、この大変な苦難の歴史をもった沖縄から、一日も早く、この駐留米軍が政治縮小統合されるべくやっていくのが政治だという思いで、私は最後まで頑張っていきたいと思いますね。
あと、私は今、普天間の話題がよく出ます。

ひろみ/ええ。

鈴木/これも橋本龍太郎総理が、清水の舞台から飛び降りるという思いで、普天間の移設、世界一危ない飛行場を移設しようと、当時のモンベル駐米大使と駐日米国大使と、直談判して決めた事案なんですよ。

ひろみ/ええ。

鈴木/もうあれから22年もたっていても、まだ解決されていない。

ひろみ/22年。

鈴木/なるんです。
私はこれ、申しわけないなという思いです。
世界一危ない飛行場なんですからね。

ひろみ/うーん。

鈴木/同時に私は、沖縄の皆さん方にも理解してもらいたいんですけどね。

ひろみ/ええ。

鈴木/政治にはやっぱり積み重ね、歴史があるんですね。
私はこの普天間の移設を決めたときの、私は橋本内閣での沖縄開発庁長官、大臣だったんです。
このとき、名護の比嘉哲也さんという方が市長でした。
比嘉哲也さんが名護に受け入れてくれたんです。

ひろみ/うーん。

鈴木/あのときの私の考えや、橋本政権での方針は、キャンプシュワブを使って、そしてその先の山を砕いて平らにして、滑走路をつくる。

ひろみ/えー。

鈴木/こういう考えだったんです。
それが小泉政権になってから、沖合、沖合と言って今の場所になっちゃった。

ひろみ/そうなんですか。

鈴木/私はこの点、今の安倍総理にも同情するんです。
これ、安倍総理の責任じゃないですよ。
小泉さんのときに決めた。
決めたもんで、日米で合意しているものですから、約束ですからね。

ひろみ/はい。

鈴木/しかも日米同盟という関係の中での約束ですから。
今、工事をやっているというけども、私、たまたま小泉政権ができたその翌年に国策捜査で逮捕されるわけですよ。
それでもう私のその考えも全部吹っ飛んでしまった。
今まで橋本、小渕政権でやってきた考えじゃなくて、別な方向いきましたね。
私はこの普天間なんかは、普天間の移設、あの名護の沖合なんてのが、私は砂利利権(?)でないかと言ってもいいぐらい。
私が考えたときの予算の、今3倍ですから。

ひろみ/当時の3倍。

鈴木/はい、3倍。
それはやっぱり、丘でやるのと海でやるのとでは、経費のかかり方が違いますから。

ひろみ/なるほど、はい。

鈴木/私はこの点なんかも、沖縄の皆様方には、私は申しわけないなという気持ちは持っているんですね。
それで、私は1つ自慢できることは、さっき出たけども沖縄の負担感が強い一番が、県道104号線越えの実射訓練だったんです。

ひろみ/うーん。

鈴木/県道104号線越えの、155ミリ榴弾砲。
これが訓練するとき、道路がとまっちゃうんですよ。
これは沖縄の皆さん方の大変なフラストレーションだったんです。

ひろみ/ええ。

鈴木/そこで、これは本土に移設します。
決めてきたのは村山富市さんなんですよ。
平成7年の2月なんです。
村山クリントン会談で、このとき県道104号線の実射訓練は本土に移す。
読谷のパラシュート降下訓練はしない。
那覇軍港を浦添に移す。

ひろみ/はいはい。

鈴木/これは3つの約束だったんです。
だから読谷も那覇も、これはうまくいきましたけども。
県道104号線越えだけは、どこも受け手がなかったんです。

ひろみ/うーん。

鈴木/本来、村山富市さんが受けるべきなんですよ。
大分県です。

ひろみ/ええ。

鈴木/大分県は日出生台という、立派な演習場があるんです、自衛隊の。
そこで海兵隊の訓練を持って行けばいい。
そうすると、村山さんも受け入れられない(?)。
当時の防衛庁長官が衛藤征士郎という人です。
これも大分です。

ひろみ/ほー。

鈴木/この人も地元の反対の声で受けない。

ひろみ/はい。

鈴木/そうこうしているうちに、村山さんは総理辞めました。
平成8年の1月4日ですよ。
1月4日、伊勢神宮にお参りした後、辞めるんですから、伊勢神宮様に何をお参りしたのかってね、私は本当に村山さん生きているうちに、これは聞きたい、確かめたいと思うんですが、ばかげた話ですよ。
そこで引き継いだ橋本総理が、これはどうしようかと困った。

ひろみ/ええ。

鈴木/私が受けましょう、こう言ってですね、私の選挙区の北海道別海町の矢臼別演習場に持っていったんですよ。
これも時間がたっていますからね、ちょっとこれは平成8年に村山さんが辞めた後、私が決断したんです。
橋本総理になってから。

ひろみ/はい。

鈴木/平成8年の12月に、最終的に別海の町長が橋本総理に報告したんですけども。
だから、そういったことをやったもんですから、その普天間の名護移設も、当時の比嘉市長なんかも理解してくれたんです。

ひろみ/うーん。

鈴木/当然その比嘉さんはサトウキビの陳情で来たとき、昭和53年、私顔を合わせているんです。
当時、市会議員だったんです。

ひろみ/あっ、そのころ、比嘉先生は。

鈴木/はい。
そのとき、中川一郎、私の師匠が農林大臣。
そのサトウキビ、沖縄の値段頼みますと言ったら、中川先生は心配するな沖縄のサトウキビは守ると言って、そこで比嘉さんの株がぐっとあがって、市会議員から秘書官担ぎ出されるわけです。

ひろみ/えー。

鈴木/たまたま、平成9年11月、私が9月11日大臣になって、名護にその移設の関係で比嘉さんのところへ挨拶に行く。

ひろみ/はい。

鈴木/比嘉市長が、鈴木大臣と。
あなたがあの秘書官のとき、大臣に会わせてくれたと。
農林省の役員はもう犬を追うごとく陳情書だけ受け取って帰そうとしたけども、鈴木秘書官が今大臣に会わせるといって、会わせてくれたと。
その縁を私は忘れていないとこう言ってくれて、名護への話がトントン拍子に進んでいったんですよ。

ひろみ/すごい縁があったんですね。

鈴木/やっぱりこれ人間関係というの大事なんですね。

ひろみ/ほんとですね。

鈴木/今、やっぱりその人間関係が、私はちょっと足りないなという感じは持っているんですよ。
だからその点、もし私が国策捜査にあわないで現役の議員で当時いれば、またこの展開は変わっていたかなという思いはするんですよね。
ただ、私はそれでもこれ約束は約束して、今、進められている。
同時に、沖縄は沖縄の思いがある。

ひろみ/はい。

鈴木/やっぱりそれを私は、しっかり沖縄の思いを受けとめて、国としては、やはり国際情勢はこうだから、ちょっとこの期間は我慢してくださいだとか、私はもっともっとこれ折り合いをつけるやり方はあるんではないかという気持ちは持っているんですけどね。

ひろみ/すごく沖縄に対する熱い思いを、ほんともうマイクを通して皆さんにも届いていると思います。

鈴木/私はね、対馬丸を発見したのも私なんですよ。

ひろみ/そうなんです、伺いました。

鈴木/ただ、この県道104号線越えの実射訓練を持っていったのも、知っている人は知っているけどもね、20年もたつと沖縄の人もね、鈴木宗男風なんですよ。
ちょっと私はね、情けないと思うんですよ。
あれは、対馬丸だって、対馬丸どこに沈んだかわからないんですよ。
だから4箇所で***したんです。
大体ここら辺で沈んだと思って行ったら特定できないから、心こもりませんわね(?)。

ひろみ/この辺かなっていう感じだったんでしょうね。

鈴木/4箇所、それも私が大臣になったとき、下地ミキオさんが対馬丸遺族会の喜屋武盛榮さんという遺族会長を連れてきた。
この喜屋武盛榮さんがね、土下座したんです、私の前で。

ひろみ/うーん。

鈴木/ずっと歴代頼んできたけどね、話は聞いてくれるけど、誰もやってくれない。
鈴木大臣ならやってくれると思ってやってきましたって言ってね、土下座した。
私も感激しました。
いや会長、立ってくださいと。
私はやりますと言って、約束した。
ところが当時、厚生大臣だった小泉純一郎さんは反対なんですよ。

ひろみ/そうだったんですか。

鈴木/なぜ反対するかというと、さきの対戦で3000隻の船が沈んでいると言うんです。
1隻探せば、ほかの2999も探さないといかん。

ひろみ/あー。

鈴木/私は言った。
軍艦ならば戦闘行為だ、海がアンメイの地(?)と言われる。
やむを得ない。
しかし、学童疎開船は丸腰だ、戦っていない。
それがアメリカの魚雷で、***によって沈没させられた。
別じゃないかと私が言ったら、小泉さんは、いや、無駄だと言うんです。
そこで私は、それはおかしいぞとけんかになった。
小泉さんは、じゃあ鈴木さん、勝手にやってくれと言うんです。
それでも私は、よしわかった、やってやると言ってね、私は知恵があったんですよ。
海ですから。

ひろみ/はい。

鈴木/探査船が必要なんですが、科学技術省、当時の。
今の文部科学省ですけども、科学技術省に中川一郎先生が科学技術省長官になったとき、1万メートルまで潜れる探査船をつくっていたんですよ。

ひろみ/ええ。

鈴木/それを貸してもらえばいいわけですから、当時、科学技術庁のナンバー2にオカザキというのがいて、当時中川大臣の秘書官で、私と一緒に秘書官をやっていた男に話をして、船貸せと言ったら、いや、2年先まで埋まっている。
何とかせえと言ったら、12月に2週間空きます。
その2週間を借りて潜らしたら、一発で当てました。

ひろみ/2週間という限定の期間で。
すごい。

鈴木/そこで資料は資料で、私はまたとったんです。
アメリカのペンタゴン、国防省にあるんですよ。
当日の風力が何ノット、対馬丸の速度何ノット、魚雷艇ドルフィンの速度何ノット、魚雷のスピード何ノット、全部ペンタゴンにある。
私は防衛政務次官を3回やったもんですから、私が面倒見ていたときの連中がみんなえらくなっていましたから。
いやいや先生、すぐ資料を取り寄せます。
その資料を取り寄せて、それを「しんかい」に乗せて探させたら一発で当たったんです。

ひろみ/すごいですね。

鈴木/そういう縁があったもんですから、比嘉市長なんかも私を理解してくれた。
当時は稲嶺知事ですよ、沖縄は。
あるいは、嘉手納の宮城町長にしても、みんな沖縄のことをやるといった、やったと言うけども、本当に政治家としての落選覚悟で政治生命かけてやってくれたのは、鈴木宗男先生だという、こう言ってくれるぐらい私は自負しているんです。

ひろみ/すごいですね。

鈴木/ただ、やっぱり20年たつとね、沖縄の人は現金なもんでね。
それも県道104号線越えも対馬丸の発見も、ちょっとこれは薄らいできているんですね。

ひろみ/何かこの番組ですね、鈴木先生、宮古島のほうでも放送されておりましてね、夢の大橋といわれた伊良部大橋を現実のものにしたのは、鈴木先生のお手柄もあったのかなと伺っておりますが。

鈴木/そうです。
これも下地ミキオさんが、私のところへ来たんですよ。
官房副長官のときです、私が。
そこで、伊良部の青年が、フェリーがとまると親が脳溢血だ、あるいは心臓病だといっても動きとれない。
女房がお産だっていっても、動きとれない。
なんとか鈴木先生、橋があれば宮古まで行けるんだ。

ひろみ/うん。

鈴木/なんとか橋をつくってくれって、伊良部の青年団が来たんですよ。

ひろみ/はい。

鈴木/我々はこの伊良部で生まれ、伊良部に育って、伊良部に骨を埋めるんだ。
こう青年団から言われました。
また下地さんも一緒になってね、これまた、涙流して、私に陳情したもんですよ(?)。
そこでよし、私はやってやるとまた返事したんです。

ひろみ/うーん。

鈴木/当時、大田知事だったんです。

ひろみ/はい。

鈴木/宮古はどちらかというと、伊良部も保守的だっていうから、大田さんはそれで非常に明確に分けていましたね。
そこで、伊良部大橋の予算の順番は、もうリストに上がっていないんですよ。
橋をつくってくれというリストに上がっていない。
しかし、私、それは大臣やって官房副長官ですから、それもう当時、私はブイブイでしたから、それは役所だって私の一言はこれは重く受けとめますから、ここはもう豪腕鈴木宗男でね、ここは若い人の声だと。
しかもね、伊良部の命も、東京の命も五分だ。
命に差はない。
ここは、当時の建設省等に働きかけたんですよ。
そしたら調査費に5000万がついた。
それがきっかけで、あれはちょうど今からもう4年前になりますか。

ひろみ/完成してから、ですね。

鈴木/完成してから。

ひろみ/夢の大橋って、もう本当に見事な。

鈴木/今、観光スポットになって大変な人気だっていうんですよ。
私は、今でも伊良部大橋、私は誇りに思う仕事の一つです。

ひろみ/いや、本当ありがたいですね。

鈴木/ただね、伊良部の皆さんもできると思っていないんですよ、そのとき。

ひろみ/ええ。

鈴木/平成10年の話ですから。

ひろみ/はい。

鈴木/その伊良部の青年団もね、鈴木先生、橋ができれば、先生の銅像を建てますなんて言っていたんです。
銅像を建てる。
俺は、銅像なんかいらないから、記念に残るものやってくれればいいかなとこう言っていたんですよ。
これまた、私は約束を果たしたけども、まだ何の印はないですね。

ひろみ/そうですか。

鈴木/もし、これ伊良部の青年団で聞いている人がいれば気持ちだけは示していただきたいなと思っていますね。

ひろみ/ねえ、もう宮古島でもこれ放送されております。
そういえばそうだったと思い出してください、ぜひ、皆さん。
でもまあ、これだけ数々の沖縄とのご縁もあり、沖縄に***してくださったということは本当にありがたいですね。

鈴木/いや、まだまだ足りないと思っています。
私は、沖縄まだまだ政治が必要です。
そういった意味でも、下地ミキオさんとは兄弟みたいなもんですからね、しっかり取り組みますしね、同時に、県会議員を一人でも仲間をこの県政に送り出して、しっかりと***としてもスクラム組んでやっていきたいと思いますね。

ひろみ/ありがたいです。
では、ここで1曲お届けしたいと思います。
jimamaで「想い~ウムイ~」

♪ jimama/想い~ウムイ~ ♪

世界をリードする日本

ひろみ/ミキオポスト OnRadio、きょうはスペシャルゲスト、日本維新の会参議院議員、鈴木宗男先生にお越しいただきまして、本当に勉強になるお話しをたくさん伺えました。
今お話をしている中にも、何か大東島でも携帯がつながるようになったのは、鈴木先生のおかげだよというのを、ある人から聞きましたけれども、そういうこともあったんですね。

鈴木/私が大東島視察したとき、携帯電話がつながらないという陳情を受けまして、即決でやりました。

ひろみ/沖縄のあちらこちらで鈴木先生頑張ってくださっているので、本当にね、感謝の気持ちでいっぱいです。
あと時間も3分ほどのお時間になりましたが、最後にラジオをお聞きの皆さんに、鈴木宗男さんから元気の出るメッセージをどうぞお願いします。

鈴木/私は今、世界の中の日本から、世界をリードする日本になった、その大きな背景には、沖縄の皆さん方の過酷な歴史があったと思っております。
さきの大戦でのあの悲惨な沖縄戦を見るにつけ、私はもっともっと、沖縄には政治の果たす役割があると思っていますね。
そういった意味で、私も昨年、国会に9年ぶりに戻ることができたもんですから、まだ残り5年間ありますので、この5年間、少しでも沖縄の皆さん方に喜んでもらえる政治を下地ミキオさんと一緒にやっていきたいと思っています。
誰がなんと言おうとも、下地ミキオさんはやる気のある、情熱のある、責任感のある男ですね。
私は、まだ下地さん50代ですから、20年あと使えますからね、しっかり下地さんに頑張ってもらう部分があると思うので、私自身の経験なんかもうまく生かしながら、下地さんを支えていって。
下地さんが頑張れる環境、状況が私は沖縄の発展につながる、こう思っていますので、私はこの沖縄に縁がある者として、この人間関係、絆だけはしっかり忘れないで全うしていきたい。
最後の結果というものを残していきたいと、こんなふうに思っております。
そういった意味でも、私は沖縄大好き人間ですから、私なりに私の務めを果たしていきたいなと、こう思っています。

ひろみ/きょうは本当にサプライズで、もうお忙しい中来ていただいてありがとうございました。
またこれからも沖縄に来る際は、このミキオポスト、ラジオに出てくださいね。
期待して待っております。

鈴木/声がかかれば喜んでお邪魔します。

ひろみ/あっという間のお時間でした。
今の言葉、きっと下地ミキオさん、どっかでもう走りながら聞いていらっしゃって、涙ぐんでいるかと思います。
ミキオポスト OnRadio、ご案内は本村ひろみでした。
そして、この番組メインパーソナリティは下地ミキオさんです。
そして、今週のスペシャルゲストは、日本維新の会参議院議員、鈴木宗男先生でした。
鈴木先生、どうもありがとうございました。

鈴木/どうも皆さん、ありがとうございました。