一生懸命日誌

鎮魂の祈りを胸に、真の「救護国家づくり」へ

今も瞼の裏に焼き付いて離れないあの光景。
6年前の今日、東日本大震災が発生しました。
犠牲者のご冥福をお祈りいたします。
発生当時、未曽有の大災害に背筋が凍る思いをしながらも、沖縄から飲料水や生活必需品、沖縄そば、さーたーあんだぎーなど、トレーラー3台分を被災地に送り、幾度にわたり炊き出しボランティアや足湯ボランティアを行いました。
避難所までの道のりで見た被災地の光景はまるで映画のワンシーンの様に、にわかには現実のものとは理解できないものでした。
福島第一原発事故の影響をもろに受けた南相馬市の桜井市長との意見交換のときの一言一言も忘れられるものではありません。
阪神大震災で神戸での炊き出しボランティアを経験し、その経験から政治家への道を決心したのが下地ミキオです。
緊急時にも国民の生命と財産を守るのが政治家の仕事です。
特に防災担当大臣という退職を担わせていただいたこともあり、防災はさることながら、減災という観点が大事なことだと考えています。
災害が起きた時に、いかに被害を最小限にとどめるかが重要になってきます。
そして避難所のあり方についても、これまでと違うやり方があるはずです。
昨年4月の熊本・大分地震の際にもすぐに現地調査をし、炊き出しではなく、近隣都市から温かい食料を空輸する方法や、被災地の避難所で暮らすのではなく避難者を安全だと思われる地域まで運び、ホテルなどの快適な環境で過ごしてもらう方法など、その時その時の状況によって的確な判断をすることが求められるのです。
私たちは自然の力には勝てません。
しかし、これまでの悲劇を教訓にして、成長していかなければならないのです。

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