一生懸命日誌

追悼 元沖縄県知事 大田昌秀先生

私が政治にチャレンジした時の沖縄県知事が大田昌秀先生でした。

あるパーティーで挨拶をさせていただいたとき、私の立候補を聞き、「下地君、何のために政治家になるんだ?会社でゆっくりしていればいいじゃないか。何をしたいのかはっきりしないと、政治家になっても意味がないぞ」とお酒を飲みながら厳しいことを言われたことを覚えています。

政治家としては大田昌秀知事を政治的に倒さなければならないという立場に立って、稲嶺恵一知事との激しい選挙を戦ったことを思い出します。

大田知事の実績は、やはり沖縄振興という大きな生活苦の解消と基地問題を解決しなければならないという政府との対立の中で、芋とはだし論ではなく両立できるということを明確に訴えて、新たな国との関係をつくりあげようとしたことです。

当時の橋本総理と24回にわたり会談し、沖縄問題を訴え、ある意味、沖縄政治の核をつくりあげ、一県知事が総理大臣と互角に渡り合うという一つの根拠をつくったことだけは間違いありません。

しかし最終的に沖縄県民は基地の整理縮小ではなく、大田不況という言葉の中で振興を選び、知事としての幕を閉じることになりました。

参議院議員としては平和についての学者政治家として、更なるチャレンジをされたことに感銘を受けました。

論理的に平和を考える、論理的に戦争の問題点を指摘する。

こういうことができる政治家は、沖縄では今もって大田昌秀先生しかいないといっても過言ではありません。

参議院議員を引退されてからはシンクタンクをつくり、資料館をつくり、その中で様々な沖縄の思いを発信されていたことに心から敬意を表します。

私も幾度となく資料館を訪問させていただきましたが、あの資料館には沖縄の真心があります。

資料館の運営には数多くの苦難があったと思います。

あの資料館こそ、沖縄県が管理すべきです。

ノーベル平和賞の候補になるという沖縄の政治家の中ではできないことをなされ、まさに死ぬまで学者、死ぬまで政治家、死ぬまで平和活動者、死ぬまで戦争反対者という立場を貫き通されたと思います。

長い間沖縄のためにお尽力いただきましたことに感謝申し上げ、哀悼の誠をささげ、ご冥福をお祈りします。

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