沖縄県知事が担う責任とは

(2018年1月11日にメールマガジンにて配信した内容を転載しています)

「私は、知事として、一番に守るべき幼い少女の尊厳を守れなかったことを心の底からおわびしたい」

1995年の米兵3人による少女暴行事件を受けて、与野党の垣根を超え8万5千名もの県民が集結した県民大会が開かれたときの、大田昌秀知事(当時)の第一声です。

大田知事は、沖縄県のトップリーダーとして、「沖縄で起こる基地問題(事件・事故・騒音等)に対する第一義的な責任は自らに帰する」という、政治家としての当事者意識を明確に表明しました。

これは、大変重い発言であります。

 いま沖縄県では、在沖米軍機の不時着や事故が相次いで起こり、米国の米軍への管理能力と資質そのものが疑われる状況となっております。

沖縄県知事は、ただ抗議することに終始することなく、自らが主体的に「自らの責任に帰するもの」としてこの問題に対応しなければ、いつまで経っても解決することはできないでしょう。

問題が起こるたびに、「整備を十分に行うべきだ」「管理体制を見直すべきだ」「最終的には沖縄から基地を全面撤去すべきだ」と抗議を行っていても、この3つについて主体的に決断を下すことができるのは、米国だけです。

安倍総理も、翁長知事も、決定を下すことはできないのです。

つまり、私が申し上げたいのは、主体的に決められない状況を解決するための戦略が必要だということです。

米軍が今後も事故を起こし続けるのであれば、知事の権限で「米軍への電力供給を止める」「米軍の県道使用を禁じる」「米軍への上下水道を閉栓する」など、県知事自らが主体的にできるすべての権限を駆使して米軍に圧力をかけることはできるはずです。

私は、これからの沖縄県知事には、「抗議を行う・政府に要請する」のではなく、米軍の質の低下に対して、自らが圧力をかける手段を選択するような、強い政治行動が求められると考えております。

このような強い姿勢で実行していくことができなければ、米軍基地問題を沖縄県が主体となって解決することは絶対にできません。

私が繰り返し翁長知事に指摘しているのは、まさにその1点です。

基地問題を自らの責任として捉え、米軍と正面からやりあう知事でなければ、成果を導くことはできません。

米国政府や安倍総理や菅官房長官に要請するのではなく、自らが解決するという姿勢で基地問題に対峙する。その意気込みこそが、沖縄県知事に必要なのです。

 沖縄はいま、「抗議文化」から「提案し、戦う文化」へと自らの体質を変えていく時を迎えております。

米軍という巨大な組織が、「規律・能力・資質」をこれほどまでに低下させているなかにおいて、「県民の生命・安全・財産は、自らで守る」という発想ができるリーダーが求められているのです。

過重な米軍基地負担問題を「辺野古反対」「基地の全面撤去」という2つの旗だけで戦うことの合理性は、いまや存在の意義を失いました。

日々の暮らしのなかで、米軍と向き合いながら、事件・事故を起こさせない政治環境を作ることが大事です。

翁長県政の4年間で、果たしてそれが出来たかどうかが問われることになるでしょう。

かつて大田知事が示した「自らに帰す責任論」について、私たちは、今まさに、沖縄県民のために論議しなければならない時に来ております。

衆議院議員
下地ミキオ

※※※1週間前に配信されたメールマガジンを転載しております※※※
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