2018県知事選を振り返る<3>

(2018年10月12日にメールマガジンにて配信された内容を転載しています)

翁長県政の4年間で菅官房長官と沖縄県の担当副知事が非公式に会談した回数は、私の知り得る限り15回に上ります。
これこそが政治の中で行われる“協議”であります。
国と沖縄県が協議を重ねてきたからこそ、米軍基地問題以外の分野においても行政を前に進めることができたのです。

10月9日に行われた翁長知事の県民葬において、菅官房長官が安倍総理の追悼の辞を代読した時、会場からの“嘘つき”“帰れ”という野次には耐えがたい思いでした。
この野次で沖縄県民の尊厳が損なわれることになったことは、改めて本当に残念だったとしか言いようがありません。

私は「普天間基地の辺野古移設を阻止するのならば、沖縄県知事が三つのことを行えば物理的に阻止できる」とずっと言い続けてきました。

一つは、知事として埋立を承認する権限を与えられていることを活用し、「30回を超えるだろう辺野古埋立工事の設計変更を熟考しながら5カ月以内に許可する」と言うことで、辺野古の埋立工事にかかる期間は20年を超え、物理的に不可能となります。

二つ目は、条例をつくりまくることで、辺野古の埋立工事が暗礁に乗り上げることは確実で、そのことで工事は事実上不可能となります。

三つ目には、4年前の知事選後すみやかに県民投票を行い、ワンイシューで辺野古反対の意思を示せば、政府も工事を強引に推し進めることが困難になったことは確実でした。

しかし翁長知事が仲井真知事の埋立承認を取消したことで訴訟となり、おととし12月の最高裁において「承認取り消しは違法」という判決が下されたことは、国に工事を進める大義を与えることになりました。
裁判をすれば沖縄県が負けることは誰しもが予想できたことであり、今もなお「なぜ裁判をしたのか」疑問を持つ方々が多くいます。

公約に反対する勢力からの妨害に遭って公約が果たせなくなった時、“公約を阻止しようとした勢力が悪いのか”“公約を果たせなかった政治家が悪いのか”、その論議が必要です。
“政治は結果”辺野古は一粒の石も投入させないと公約した以上は、その公約を実現しなければなりません。
立場・意見の違う人たちが、相手の公約実現を阻止しようとすることは、ある意味当たり前のことであり、それに負けることは政治家としての敗北となるのです。
この4年間の辺野古闘争は、政治的にも、司法においても、敗北したと見るのが客観的な事実ではないでしょうか。

“新しい政治”が、“新しい手法”を用いて国と交渉し、“新しい結論”を導き出すべきだという選択をするのは当然のことであります。
私は今回の沖縄県知事選挙において、沖縄をもう二度と敗北の現実に引き戻さないという観点からしても、“新しい政治”である佐喜真氏を支持することにいたしました。
私が応援演説で申し上げてきたことは、“佐喜真さんが辺野古への賛否を明確にしていないことは、正しい選択である。
それは、普天間の危険の除去だけで辺野古移設を認めてはならず、
「伊江島のパラシュート降下訓練もやめさせる」
「高江のヘリパットもやめさせる」
「北部の訓練場の返還も明確にさせる」
「嘉手納の騒音問題も解決させる」
「そして一番大事な日米地位協定の凶悪犯罪の犯人の引き渡し条項も変える」
これがあって初めて辺野古の賛否を判断すべきであり、その交渉が行われない段階で判断してはならない”ということでした。

私たちは佐喜真氏に交渉権を持ってほしかったのです。
佐喜真氏が当選し、基地問題についての様々な提案を下地幹郎と共に国に突きつければ、大胆な基地負担軽減が始まることになったでしょう。

衆議院議員
下地ミキオ

※※※1週間前に配信されたメールマガジンを転載しております※※※
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