2006年1月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31  

最新の記事
朝食会での1コマ
大田先生への誓い
政局を表す1コマ
国会より
難しい・・・
2006年1月26日(木)
朝食会での1コマ

 今朝8時から日米国会議員連盟の朝食会があり、J・トーマス・シーファー駐日米国大使が講演を行いました。

 講演の中でシーファー大使は、輸入牛肉の問題について陳謝したほか、横須賀で起こった殺人事件についても遺憾の意を示すなどして、日米関係の重要性を強く認識していることをアピールしました。

 その後の質疑応答では、私が手を上げ、在日米軍再編成について質問しました。

質問は、
1.沿岸案の修正はあるのか
2.最終報告の時期がずれることはないのか
3.アメリカの再編成についての強い思い
という3つです。

 私の質問に対して、シーファー大使は「中間報告の具体的な肉付けをしていきたい。これから多くの仕事が残っている」と答え、中間報告を中心に進め、沿岸案の変更はないということを示唆しました。また、時期的には「3月」という数字を挙げ、最終の期限を明確に示しました。
 そして、3番目の質問に関しては「自信をもって進めていきたい」と前向きな姿勢を見せてくれました。

 シーファー大使が、講演の中で拉致問題や牛肉の問題など、細かいところまで説明をするあたりは「なかなか気配りがきくな」と思いました。
 また、朝食会が終わって入口で会った時、握手を求められたのが印象的でした。

 

追伸:この議連の事務局長は塩崎衆議院議員で、質問する私を指名するときに、一瞬ドキッとするような目をしていました。

2006年1月25日(水)
大田先生への誓い

 今日も、東京−沖縄間で日帰りをしました。

 大田昌知元県議会議長の葬儀に参列するためでありました。
大田先生には、私が自民党から離党を勧告されたとき、一番心配をしていただきました。
「自民党は絶対許せない」とお怒りになるのと同時に、「自民党に戻ってくれ」と率直に話をしていただいた大先輩であります。

 本当に自民党を愛した政治家でありました。

 大田先生が、沖縄県民と沖縄の政治のためにご尽力なされてきたことを心に留め、所属政党にかかわらず、そのお心を受け継いで、私もがんばっていきたいと思います。

 しかし、毎日、東京と沖縄を往復していると飛行機の座席がベットのように感じ始めております。よだれを垂らしている寝姿で、票を減らさないように注意します。

2006年1月24日(火)
政局を表す1コマ

 今日、本会議の2日目の代表質問で、公明党の神崎代表の答弁に立った小泉総理が、景気対策について話し始めると、私の後ろにいる亀井静香衆議院議員が大きな声で「地方に行ってみろ!地方は厳しいんだ。東京以外に出たことが無い奴が何言っているんだ。」と、何度も何度も野次を飛ばしておりました。

 ただ面白い事は、亀井衆議院議員が野次を飛ばすと、一瞬みんながシーンとして、自民党席からも亀井さんに注目が集まるところが、さすが存在感のあるところです。

 また、壇上の小泉総理から見えるにもかかわらず、森元総理がわざわざ亀井さんの席まで来て、綿貫さんを交えてコソコソ話をしているところも本会議のどの代表質問よりも皆が興味津々に耳を傾けたところではないでしょうか。

 この通常国会の政局を表すような一幕でした。

2006年1月23日(月)
国会より

 今国会に、今日初めて参加しました。

 衆議院では代表質問が行われましたが、民主党の前原代表の質問に対して小泉総理は、のらりくらりとかわしたり、正面から刺激したりしながら答弁していました。
私の評価としては、前原民主党代表の質問はあまりにも総体的で、ポイントがもう少し絞れたら良かったのではないかと思いました。

 今、民主党が一番積極的に取り組んで評価を得ているのが「耐震偽装問題」であるだけに、その問題に対してもっと深い追求が必要なのではなかったでしょうか。
また、自民党内で意見が割れている「靖国参拝問題」については、外交と自民党内の内紛という観点からその矛盾をクローズアップさせるべきだったにもかかわらず、喋りの枝葉が多すぎてポイントが曖昧になってしまっていたような気がしました。

 こういった質問に対して小泉総理は相変わらずで、原稿なしで前原代表を激励するなど、4年間の貫禄があると思わせる答弁でした。

 しかし、ちょっと見方を変えると、茶化しているようにも思えました。

 これから、通常国会で様々な動きがでてきますが、皆様にはブログを通じて解りやすい国会をお届けします。

 また、昨日の名護市長選挙でご支援いただいた皆様に、心から感謝申し上げます。
結果はよい結果ではありませんでしたが、多くの皆様と懇談させていただいた意味をしっかりと受け止め、落選したからできないというのではなく、政治の場で論議できることはいっぱい論議していきたいと思います。

2006年1月22日(日)22時23分
難しい・・・

 対抗候補に当確がでました。

 まだ選管発表の最終結果はでていないので、多くはコメントできませんが、残念です。

 私は今でも、我喜屋さんが良いと思っています。

 選挙の難しさを改めて感じています。

 でも、名護市民が選んだことですから、それは重く受け止めて、当選した方には頑張ってもらいたい。

 しかし、選挙で訴えた事に矛盾がないようにするのは、難しいと思います。

2006年1月21日(土)
勝ちたい

 今日のブログは、名護市長選挙への想いをビデオで語ります。

 上の写真よりどうぞ。

箱が閉まるまで

 なにもかも出し尽くした。

 それが今、午後8時の気持ち。

 しかし、選挙は投票箱が閉まるまで。

 だから、もっとがんばらなくては!

 おもしろい!

2006年1月20日(金)
現場に行く政治家

 このブログでの近頃の話題が名護市長選挙だけになっていますが、それも投票日の22日まで。

 私は今日も我喜屋さんと一緒に歩きました。

 彼は思った以上に体力がありますね。
 いっぱいの人に声をかけるあの体力を見ても、間違いなく市長としての素質がある。

 「現場に行かない政治家は駄目」だと言われますが、彼は現場に行きます。

 そういう意味でも、皆さんには現場に行ける政治家を選んで欲しい。

 最後までがんばって行きます!

2006年1月19日(木)
摩訶不思議

 今日は、我喜屋候補を先頭に、私も歩きながら支持を訴えました。
 30分の休憩を挟んで6時間訴え放しで「我ながら体力があるなぁ」と一人で感心しきりです。

 選挙3日攻防になると、色々な噂や中傷が出るものです。

 「我喜屋選対の玉城義和選対本部長が解任され、下地ミキオがそれに変わって本部長になった」だとか、「候補者が倒れて動けなくなった」とか、まことしやかに噂されるところが選挙の面白いところです。

 我喜屋候補と私は、一緒に6時間歩いていますから、間違いなくダウンはしていません。
 選対本部長が今日の夕方6時に挨拶をしている事実からすると、両方の噂が「ウソ」であることは明白です。

 明日になったら、「下地ミキオは宇宙に行った」くらいの噂話が出てくるでしょう。

 それが選挙の摩訶不思議かもしれませんね。

2006年1月18日(水)
至上最強の「真心の拍手」

 今日も1日のサイクルは、名護市長選で回っておりました。

今帰仁村から名護市の中心街まで、雨の中、マイクを持って、有権者の皆様に演説というより、説得をしながら歩いてきました。
 反応は良く、また次の日に繋がる活動になったと思います。
 自分で言うのもなんですが、3時間半マイクを持って説得しながら歩いても全く声が潰れない。
 13年間、那覇市の泊交差点で、早朝の街頭演説をしてきた成果を改めて感じました。

 また、夕方から開催された「我喜屋むねひろ」候補の女性大会は会場が満杯で、とても雰囲気の良い大会でした。
 そして、候補者や弁士に贈られる拍手は、本当に雰囲気が良い拍手でした。
 皆さんにお分かりいただけるかどうかわかりませんが、100人の真心のこもった拍手は、義理で行った1000人の拍手に勝るとも劣らないものです。

 私は、今日の大会の参加者の皆さん1500人の真心からの拍手は、動員されて集会に参加する10000人の拍手に勝っていたと思います。
 また、真心と信念のこもった我喜屋候補本人の挨拶も、明日からさらに支援の輪を広げる力になるような、とても感動的なものでした。

 いよいよ残すところあと3日。
 明日から、いよいよ3日戦争に突入します。

 全力を尽くして頑張り抜きます。

2006年1月17日(火)
冷静な判断と対応とは

 今朝、9時50分頃、米軍嘉手納基地所属のF15戦闘機が伊計島の北東約70キロ沖に墜落するという事故が発生いたしました。

 乗員にも、沖縄県民にも死傷者が出なかったことは、本当に不幸中の幸いであったと、胸をなでおろしております。
 死傷者は出なかったものの、海洋への油の流出なども報告されており、現場が良漁場であることを考えると、事故の影響を直ちに調査し、現場で生じているあらゆる影響の把握に努め、適切な措置を早急に取る必要があります。
 また、事故の再発を防止するために、まず、在沖米軍には、同機種の安全性が確認できるまでの間、同機種の訓練中止を求め、同時に事故原因の解明と関係者や一般県民に対しての説明を、十二分に行うことを求めたいと思います。

 22日の名護市長選挙投票日前にして起こったこの事故は、少なからず、選挙行動に影響を与えると予想されます。また、在日米軍の再編協議がクライマックスを迎えている中で、日米協議にも影響を与えることは間違いないでしょう。
 米軍基地が所在する現在の名護市において、米軍基地の整理縮小・基地の負担軽減を行いつつも、現在ある米軍基地の運営にあたっては、住民の生命と財産を第一に守る立場から、訓練に伴って生じる可能性の否定できない事故を最大限に予防し、緊急の事態には、冷静に判断し、迅速に対応できる行動のあるリーダーが必要であります。
 この事件によって、候補者の皆さんは、米軍基地問題の重さと基地所在自治体の首長に求められる責任と役割について、改めて考えを深めておられることと思います。

 起こってはならない事故でありますが、そのような時にも、政治家には冷静な判断と対応が求められます。

 事故によって、県民や国民に資する「安全保障」の視点が否定されたりすることがあってはなりません。

 大局的視点に立ちつつ、しかしながら、沖縄の基地問題を確実に解決することこそ、沖縄の政治家に求められるものであると思います。

 そのことをしっかりと認識し、政治団体「そうぞう」は従来の沖縄の政治手法とは異なる形で、迅速に対応してまいります。

2006年1月16日(月)
嘘は通用しない

 今は、1月22日の名護市長選挙を中心に、一日のサイクルが回っていると言っても過言ではありません。

 あれもこれも考えずに一つに集中する所が、私の長所でもあり、短所でもありますが、自らのその手法にこだわって、政治活動を続けて行きたいと思っております。

 今日は、本土紙も、多くの新聞が「名護市長選挙と米軍再編成の行方」について、取り上げております。
 私にも、本土のメディアから状況の説明を求める声が多く寄せられ、名護市長選挙が全国的に注目されていることがわかります。

 この選挙は結果によっては、稲嶺県政の基地政策の根本を揺るがすことになるでしょう。

 選挙という「リトマス紙」で計る検査には、嘘は通用しません。
 最後まで、普天間基地の「県外移設」を言い通せるのか。
 名護市長になる人も、沖縄県知事も問われることになるのです。

2006年1月15日(日)
汗をかかなきゃ

 今日は、名護市長選挙の告示日。

 出陣式の挨拶で、照屋寛徳衆議院議員が、今度の選挙は右バッターも左バッターも、我喜屋むねひろと一緒になって、政府が投げてくるカーブを打ち返そうと挨拶されました。

 挨拶にたった私、下地ミキオは「右投げ右打ちで、政府が投げてくるカーブを、今までは良いと思ってきた。しかし、これからは、逆に沖縄からストレートのボールを政府に投げ返す」と挨拶。会場からは割れんばかりの拍手。

 この選挙面白くなります。

 今回の選挙、決して基地問題だけではありません。
 離島でない地域で産婦人科の医師がいるとかいないとか、選挙の争点になるとは恥ずかしいことです。

 名護は出生率県下No 1。がしかし、新生児の死亡率2.48%で南部の4倍です。

 いったいこの地域の政治指導者は何をやってきたのだろう。

 あまりにも基地問題受け入れで、政府が大事にしすぎて自ら汗をかくことを忘れた証であるといっても過言ではありません。
 名護にきて、この部分だけは、穏やかな私も怒りを感じています。

 本当にこの自治体の長は、全国の大学病院を回り、自らの足で汗を流し医師集めをしたのか疑問だ。

 政治は汗をかかなきゃ!!

 名護は変化を望んでいる。

2006年1月14日(土)
「そうぞう」に注目!

 政治団体「そうぞう」ができました。

 現職の沖縄県議・市町村議員が、81人入ってくれました。本当にありがたかったです。
 昨日までは「何人入るのかなぁ」と心配していましたが、今日、これだけの皆さんにお集まりいただいたことに心から感謝申し上げたいと思います。

 ここからが私たちのスタートです。

 政治団体を作ることが目的なのではありません。
 私たちは「そうぞう」から、本当の沖縄創りをがんばります。

 これからの「そうぞう」に注目してください!

2006年1月13日(金)
意味不明

 今日、名護の「丸隆そば」で、大好きな「そば」を食べました。

 テーブルの上を見ると、そばの説明が日本語と英語で書かれており、さすがサミットを誘致した自治体のそば店だと感激しました。
 こうした民間のひとつひとつの努力が地域の発展をつくっていくことになるでしょう。

 今日の夕刊に、沿岸案反対の稲嶺沖縄県知事が、名護市長選挙の島袋予定候補者と会談し、「沿岸案の反対の確認ができた。私は島袋さんを支持する」というコメントがありました。
 今、名護の街では、沿岸案を推進する小泉内閣の小池大臣とその島袋予定候補者が握手をしている立看板に写真が大きくでています。

 全く意味不明。

 沿岸案反対の稲嶺知事と沿岸案賛成の小池大臣とのポスターを出すというのは、何が何だかわからない。

 だから沖縄は馬鹿にされるのです。

2006年1月12日(木)
秘訣を教えてください

 琉球大学で、1時間半講演いたしました。

 講師になって3年目になりますが、学生さんもだいぶ目を覚ましてくれるようになっています。

 でも、いつも感じることは、私の話がつまらないのか、積極的に発言をしてくれる学生さんはそれほど多くありません。
 近頃の学生さんの傾向がそうなのかなと思いつつも、街で騒いでいる若者に「静かに!」と言ってもなかなかそうならないことを考えると、やっぱり「私の授業が面白くないのでは・・・」と悩んで帰ります。

 「学生たちが目を覚まして、いっぱい質問する」

 そんな対策や秘訣があったら、誰か教えてください!

2006年1月11日(水)
「邪魔をしていない」とは「協力している」ということか?

 今朝の地元新聞の「記者席」の記事の中に、普天間基地の移設問題で「移設が遅れた責任は県当局にもある」と玉沢衆議院議員からの指摘に対して、沖縄県の牧野副知事は「(従来案では)ボーリング調査も許可し、国には協力してきた。事業主体は国だ」と玉沢議員の指摘に反論したとのことです。

 私はこの記事を読み、「協力」という言葉の意味を、牧野副知事は理解しておられないと思いました。

 辞書で、「協力」という言葉を引くと、「ある目的のために心を合わせて努力すること」とあります。

 沖縄県の稲嶺知事が、普天間基地の辺野古沖への移設を「容認」し、「軍民共用空港の建設を要請」し、そして、北部振興策など、1000億円以上の予算を国から得ていることを考えると、ボーリング調査を許可するというレベルのことは当たり前のことです。

 「協力する」というのは、「事業の実現に向けて一緒に取り組む」ということです。

 そう考えると、稲嶺県政は「協力」しているのではなく、「傍観」している、或いは「単に、邪魔はしていないだけ」と思うのは、私だけでしょうか?

 米軍基地の過重な負担のために県民が苦しんでいることを考えれば、基地問題を国のみの問題として、「自らに責任はない」と無関係に振舞うのではなく、県民の委託を受けている政治家として、何らかの成果を出すことが求められると思います。
 たとえ、大きな権力を持っていなかったとしても、知恵を絞り、自らがリーダーシップをとって、問題を解決する気概が政治家には必要ではないでしょうか。

「ゆしどうふ」は親孝行の種?

 昨日は、宮古島に年始の挨拶回りをしてまいりました。

 お酒も、前の日にブログで「飲み過ぎないように」と書きながら、「おとーり」を50杯あまり飲んだのではないでしょうか。反省しきりです。

 実家に帰ると、おふくろから小学生の子どもが叱られるように、めちゃくちゃ叱られて、宮古に「叱られるために行ったのかな?」と思うほどでありました。

 今朝は、一便の飛行機で那覇に戻るために、朝風呂に入り、背広に着替えて、台所に行くと、テーブルには私の大好きな「ゆしどうふ」や好物がたくさん並べられていました。
 改めて、「親の温かさと愛情に感謝」です。

 今年は父が86才に、おふくろも80才になります。

 今年は時間を見つけて、仕事ではなく話をしに、宮古の実家へ帰りたいなと思っています。
 日程的にはいつも難しく、年に3、4回しか、実家に帰れないのですが、少しは「親孝行」したいなと、やさしい気持ちになれた帰郷でした。

2006年1月10日(火)
名護に友達いませんか?

 頭の中の構造が名護市長選挙モードになっています。

 これまでは、沖縄1区の有権者のことを考えていたのに、今は「名護に友達いませんか?」が、私の挨拶になっています。
 今年は選挙の年、一つ一つ「政策」と「志し」を一緒にする人の為に汗を流して頑張りたいと思います。

 今日は、連休明け。

 連休明けに街頭で演説や御手振りをしていると、「休みで鋭気を養って元気満々の人」「休みで遊び過ぎて疲れた目をした人」の両極端に分かれるのがよく分かります。

 そう考えると、「私が疲れているのか、元気なのか」も見られているということになりますね・・・。

 いつも元気印をつけられるように、夜は飲み過ぎないよう注意して頑張ります!

2006年1月9日(月)
視点を変えれば

 昨夜、国際通りを車で走ると、多くの警察官がいたので、だれか偉い人が来て警護で大変なのかと思ったら、成人の日で暴れる子供たちの取り締まりのための警備だということでした。

 しかし、今日の新聞を見ると、何一つ大きな混乱もなく、逆に難病の子供の為の募金や交通事故で亡くなり、成人式を迎えられなかった友人のためのノートを作るなど、色々な心暖まる話題が報道されていることにびっくりしました。
 少々混乱があったにしても、いい話題がこれだけ表にでると何か今年一年が明るくなるように感じます。

 これからはマスコミも、悪い話をクローズアップするのではなく、頑張る若者の話を取り上げれば、若い人たちの認識も変わってくると思います。

 『第3の権力・マスコミよ!』もっと良いことをいっぱい書いて、多くのひとに夢とやる気を与えてください。

 今日も名護に行ってきました。これから毎日行こうと思います。
 名護市長選挙で勝利することが、沖縄の政治を変えると思います。
 名護は政局のキーポイント、しかし、変化を望んでいる人たちの手ごたえを感じます。

 明日、ミキオの小声も配信しますので読んでください。

2006年1月8日(日)
なぜ、我喜屋むねひろ氏なのか

 今日は、第6回新春打初めゲートボール大会に参加しました。
 私は、これでも沖縄県ゲートボール連合会の会長を4年つとめており、ゲートボールのセミプロになりつつあると本人は自負しています。
 しかし、選手の皆さんからみると、私のゲートボールの打ち方や戦略のつくり方は、素人に毛が生えた程度・・・という評価です。

 私はセミプロです。誰が何と言おうと・・・

 ゲートボールは、本当に楽しいスポーツです。お年寄りのスポーツだと思わずに、皆様もぜひチャレンジして下さい。

 名護の市長選挙の応援で懇談会をして参りました。

 「なぜ、ミキオが我喜屋むねひろ氏を応援するのか」という説明に納得をしていただいて、参加者の皆さんの目に輝きがでてきているように思いました。
 沖縄本島南部地区の人たちは、名護市は基地に関するお金で潤っているように思っているかもしれませんが、生活はなかなか厳しいようです。
 ダイナミックな改革を実行する以外、名護市の発展はありません。
 名護から那覇まで60分、公共交通の鉄軌道は、その大きな要素になるでしょう。
 沖縄に電車が走る・・・いいと思いませんか?

 我喜屋むねひろ氏の政策、下地ミキオも応援します。

2006年1月7日(土)
ケンカの是非

 今日は、本当に寒い一日です。
 今朝、与儀公園のラジオ体操に参加しましたが、寒くて寒くて体も曲がらず硬直状態。「家を出る時にもっと着込んでくればよかった」と後悔の嵐でした。

 今日は旧暦の12月8日。ムーチー(鬼餅)を食べる日です。
 ムーチービーサ(餅寒さ)と昔の人はよく言ったもので、暦通りの寒さを体感しています。
 沖縄だからといって甘く見て風邪などひかないように気をつけましょう。

 今日の琉球新報に記者メモで「国とケンカしてもいいのではないか」というケンカ奨励の記事が記載されていました。
 この記事を読んだ支持者の皆さんから「いっぱいケンカしろ」という賛同のメールをたくさん頂きました。
 やはり沖縄県民の潜在的な思いの中に、日本政府とケンカしたいという何かがあるという確認が出来たように思います。

 自信をもってケンカします。

 沖縄の心をきちんと訴えて!

2006年1月6日(金)
事務所の旗開きでした

 後援会事務所の年頭祈願祭と旗開きを執り行いました。この寒さの中、会場にはたくさんの方にお集まりいただき、多くのパワーをいただきました。ご参加いただいた皆さん、ありがとうございました。

 旗開きの挨拶の中で私は「今年の目標は『発信』であること」を話し、「沖縄の心を前面に出したい」と申し上げました。そして、「沖縄の心を発信し、国と堂々と渡り合えるならば、私たちは稲嶺沖縄県知事を支援してもいい」と話をすると、会場は一瞬水を打ったようにシーンとした雰囲気になりました。
 その後の懇談会で、「稲嶺知事の初選挙では、ミキオがあれだけ一生懸命に稲嶺知事を応援してあげたのに、ミキオの選挙では稲嶺知事に2度も裏切られた。支援なんてことがよく言えたね」という声を多数頂きました。それに対して私は「沖縄県の知事は彼ただ一人。感情的なことで政治をやってはいけない。そこが大事なのです」と申し上げさせていただきました。
 去年までの2年間、落選の波にもまれた下地ミキオは、少し大人になったのかもしれません。

 そんな中、偶然にも嬉しい報告がありました。古くからの友人である西村さんが今日付けで入籍したとのこと。そしてなんと、奥様は今日が誕生日。会場のみんなで入籍を祝い、ハッピーバスデーを歌いました。
 2006年の門出にふさわしい、めでたい一日でした。

2006年1月5日(木)
リーダーの役割

 今日も5時起きで、沖縄協同青果の初セリに参りました。初セリの価格は納得のいくもので、今年が今日の初セリと同じように景気良く進むことを願っております。

 遅くまでの新年会と朝早くからの初セリで、少々グロッキー気味でありますが、新年5日目にして弱音を吐くようではいけないと、自分自身に「渇!」を入れて今日も駆け回っています。

 さて、今日の新聞に、稲嶺知事と経済界のトップである仲井真さんがパーティーの席でつばぜり合いを行ったという記事が載っていました。仲井真氏の「日本政府と事を構えること(対立・ケンカ)がないようにしてほしい」という要望に対し、稲嶺知事は「政府とけんかしたことは一遍もない」と“反論”したということです。
 この新聞記事を見て、私は二人の言葉に疑問を感じました。
 仲井真氏の発言には「日本政府と事を構え(対立・ケンカし)てもいいのではないか」と、そして、稲嶺知事の発言には「国とケンカしていることを堂々と認めてもいいのではないか」と。

 国の政策はその全てが万能薬というわけではありません。ケンカをするときにはケンカをし、言うべきことは言って、最後は、沖縄県民の視点で結論を出すべきです。それが、トップリーダーの役割だと思います。

2006年1月4日(水)
おばぁの元気に感服

今日は4時起きで沖縄県漁連の初セリに参加し、6時からは農連市場で2時間かけて新年のご挨拶を致しました。

漁連で見るおばぁーの顔は活き活き!

農連で見るおばぁーの顔は元気そのもの!

朝4時起きでヘトヘトになっていた僕は、そんな超パワフルおばぁー達にエネルギーを頂いて元気百倍。

これからしばらくは新年会ばかりが続き・・・集まる人も来賓も同じ顔ぶれ・・・どうにかかならないものでしょうかねぇ。


Copyright(C) 2005 Mikio Shimoji Office. All rights reserved.