2024年の衆議院選挙後、私は政界引退を表明しました。その時点では、選挙で示された結果を受け止め、政治活動に区切りをつけることが責任だと判断していました。いったん引退すると明言した以上、再び出馬するなら、判断を変えた事実も理由も曖昧にしてはならない。疑問や厳しいご意見があるのは当然であり、その問いから逃げないことが再出発の前提です。
引退表明後の2024年12月、沖縄ファースト政策研究所を設立し、政策研究を続けました。また、現在は久米島オーシャンジェット株式会社の代表取締役会長として、離島交通と地域経済の現場にも携わっています。事業への参加時期と会長就任日は確認中です。こうした活動を通じて改めて見えたのは、物価、子育て・教育、医療、移動、地域経済が別々の問題ではなく、県民一人ひとりの暮らしを支える土台としてつながっていることでした。
研究や提言、民間事業だけでできることには限界があります。県が制度を設計し、予算を組んで実施する仕事。国、市町村、民間事業者との協議や広域調整を、県が責任を持って進めなければ動かない仕事。県で決められることと、国や市町村等との協議が必要なことを分けたうえで、判断と調整を引き受け、実行まで責任を負う必要があると考えるようになりました。
2026年7月13日の会見で、私は沖縄県知事選挙への出馬を表明しました。会見まで出馬を否定してきた理由については、支持者が圧力を受けることがあるため、ぎりぎりまで明言しなかったと説明しました。しかし、その事情を説明すれば十分だとは考えていません。県民のみなさまに判断材料を示す時期を遅らせ、不信や混乱を招いたことを、率直におわびします。
公表を遅らせたことへの反省は、これからの情報公開で示します。出馬を最終判断した時期や検討の経緯について、確認できる事実と本人確認済みの説明を分けて掲載します。政策は、対象、財源、実施主体、工程を示し、準備中や未確定の事項もその状態を明記します。現在の事業上の役割や、県政を担う場合の利益相反管理については、内容と公開時期を本人確認中とし、確認後に更新します。
再び県政を目指すことが正しいかどうかを決めるのは、私ではありません。県民のみなさまです。引退の判断を変えたことへの理解を、言葉だけで求めるつもりはありません。これまでの肩書ではなく、これから示す政策、説明、行動が沖縄の暮らしに役立つのかを、資料と実行可能性を含めて厳しく検証していただきたい。その判断を正面から仰ぐため、もう一度、挑戦します。